子どもが陸上をやりたいというので体験に行ってみました。息子も娘も体を動かすのが好きで、それぞれの学校、学年では足の速い子と認識されています。学校のマラソン大会で惜しくも2位だったという悔しい思いのある娘は、その辺から陸上に興味を持ったようです。息子は圧倒的な速さのお友達から所属する陸上クラブを聞いてきました。速さの秘密は、所属する陸上クラブで毎日走りまくっているからのようで、自分もやってみたいと言い出しました。
陸上というと、私は小学校のときに寄せ集めの春限定の陸上部に選抜され、市内大会を走ったという印象しかありません。ただただ800m走る練習をして、その練習によって自分が速くなった実感もなく大会を迎え、終わっていました。
でも昨日体験した陸上は違いました。準備運動やアップのあと、200mトラックを同じペース(54−57秒)で走り続けるのです。途中疲れたら休んでOK。でも休んで次走るときは、また集団に入り同じペースで走ります。なんだかすごすぎました。トップの子は15周くらいペースを崩さず走ってたと思います。
走ることに自信のある娘も息子ですが、途中休み休みしながら食らいついていました。見ているだけでヘトヘトですが、驚いたのは子どもたちが「きつかったけど楽しかった!」と言ったこと。体験前は緊張で心臓バクバクだった息子、緊張と人見知りで顔が凍りついていた娘だったのに、楽しかったとは。走るのが好き、とか早くなりたい、とかそういう気持ちで陸上を始めるのでしょうが、速さの秘訣は圧倒的なコツコツの努力なんだなとまじまじ見せられました。マラソンで圧倒的な速さの子を見かけたら、努力の賜物と思ったほうが良いです。
娘は聞こえないので、配慮が必要です。例えば、トラックを走っていて「55!56!57!」と今何秒なのかコーチが声を出していましたが、娘には聞こえていません。よーいどん!の掛け声もわからないので、スタートは遅れます。
習い事でもなんでも何かを始めようというとき、親の私が物怖じしそうになります。こういう配慮が必要で、こういうコミュニケーションをとってほしい、こうしてもらうと分かると色々伝えることは多いです。でも、伝えるタイミングを図り、周りの迷惑にならないよう、過剰な要求にならないよう気をつけ、でも娘も理解して楽しめる環境になるよう理解してもらう、というのはなかなか大変。でも子どものやりたいを逃すのはもったいないし、今興味があると食いついたものを鉄は熱いうちに打てとエンヤコラしています。
合理的配慮という言葉があってよく見るイラストで、背の高い子が塀の向こうを見ている場合、背の低い子は塀で向こうの景色が見えません。そういうときに、背の低い子に踏み台を貸してあげるのは合理的配慮です。私が求めているのはこれで、過剰なものを求めているわけではなく、娘には周りの子と同じように理解して進めるような踏み台が必要です。うまく伝えられるといいな。
